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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)111号 判決 1999年5月19日

アメリカ合衆国 インディアナ州 47703-0418

エヴアンスヴィル ピー・オー・ボックス

418 イースト・コロンビア・ストリート 1016

原告

レッド・スポット・ペイント・アンド・ヴァーニッシュ・カンパニー・インコーポレーテッド

代表者代表取締役

ランダル・ティー・レイク

訴訟代理人弁護士

大野聖二

那須健人

同弁理士

戸水辰男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

主代静義

後藤千恵子

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第4481号事件について、平成8年11月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年4月3日(優先権主張、1991年4月3日・アメリカ合衆国)、名称を「紫外線で硬化可能なクリアーコート組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平4-82275号)が、平成6年11月29日に拒絶査定を受けたので、平成7年2月27日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第4481号事件として審理したうえ、平成8年11月27日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成9年1月13日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(イ)  組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤、

(ロ)  分子量が約1200~2600であり、分子当たり約2つの重合可能な不飽和基を有するアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン、前記不活性溶剤を除いて約30~90重量%、

(ハ)  分子量が約170~1000であり、分子当たり少なくとも二つの重合可能な不飽和基を有する多官能価アクリレート、前記不活性溶剤を除いて約15~70重量%、及び

(ニ)  光重合開始剤又は増感剤、

からなり、紫外線のみで硬化可能であり、かつ紫外線での硬化時に耐摩耗性のコーティングを形成する、クリアーコート組成物。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭62-177012号公報(甲第4号証、以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例記載事項の認定、本願発明と引用例発明との対比(審決書7頁7行~10頁12行)のうち、相違点<1>の認定を除くその余の部分は認める。本願発明と引用例発明との相違点<1>の認定及び相違点<1>、<2>についての判断は争うが、特開昭48-28533号公報(甲第5号証、以下「周知例1」という。)及び特開昭59-170154号公報(甲第6号証、以下「周知例2」という。)の各開示事項を認定した部分(審決書12頁4行~15頁5行)は認める。

審決は、引用例発明の技術事項及び慣用技術又は周知技術を誤認し、相違点<1>の認定・判断及び同<2>についての判断を誤った結果、本願発明が引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点<1>の認定・判断の誤り)

審決は、「本願発明が、『(イ)組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤』を構成要件としている(即ち、併用している。)が、引用例記載の発明は、その点が明らかでない点。」(審決書9頁19行~10頁2行)を本願発明と引用例発明との相違点<1>と認定したうえ、この相違点について「一般にこの種コーティング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段・・・であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。」(同10頁17行~11頁6行)と判断したが、それはいずれも誤りである。

(1)  一般に、光硬化性樹脂につき、粘度調整を行いつつ、コーティング材としての機能を高めるためには、溶剤として反応性希釈剤を使用しなければならないが、反応性希釈剤を使用した場合においては、それによる硬化フィルム(皮膜)の軟化という周知の課題が生ずる。本願発明は、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン((ロ)成分)の分子量を1200~2600に限定するとともに、反応性希釈剤((ハ)成分)に加えて不活性溶剤((イ)成分)を併用して粘度調整をすることにより、かかる軟化の課題を解決し、柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐侯性及び接着性という多岐にわたる効果を一つの紫外線硬化性クリアーコートで実現したものである。

引用例に、「a成分の反応性希釈剤としての作用を少なくとも有する1分子中に重合性炭素-炭素二重結合が1個以上含まれた常温で低粘度液状の化合物」(審決書4頁6~8行)であるb成分の作用につき、「この発明において使用するb成分・・・は、・・・組成物としての粘度を調整して、作業性をよくするために用いられる」(甲第4号証8欄1~5行)、「上記b成分の使用量は、前記のa成分との合計量中、b成分が通常40~85重量%・・・となるようにするのがよい。b成分が・・・多すぎると硬化性や硬化物の柔軟性などが低下するため、いずれも好ましくない。」(同10欄4~10行)と記載されているように、引用例発明は、反応性希釈剤(b成分)を使用することによって粘度の調整を行うものとしており、軟化の課題に対しては、反応性希釈剤の使用量を少なくするという消極的解決策が示されているにすぎず、本願発明のように、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することによってこれを解決するという技術思想には全く想到していない。

そして、一般的にも、光硬化性コーティング剤においては、粘度調整のために反応性希釈剤を用いているのであり、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用して粘度調整を行うという慣用手段は存在していない。

被告は、周知例1並びに特開昭59-89332号公報(乙第1号証、以下「周知例3」という。)及び特開平2-292315号公報(乙第2号証、以下「周知例4」という。)に、コーティング組成物において不活性溶剤を適宜含有させて粘度などを調整することが記載されており、さらに、周知例1、4には、反応性希釈剤と不活性溶剤とを併用することが記載されていると主張するが、誤りである。すなわち、周知例1、3、4には、溶剤で粘度調整をすることが示されているが、その溶剤が特に不活性溶剤に限定されているわけではない。かかる溶剤として使用されるものの中には、不活性溶剤だけでなく、反応性希釈剤も含まれる。また、周知例1、4には、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレートが、周知例1の(A)成分に対し、或いは周知例4の(Ⅰ)成分に対し、それぞれ反応性希釈剤としての作用を有するという記載は全くないから、周知例1、4に反応性希釈剤と不活性溶剤とを併用することが記載されているとの主張も根拠がない。

したがって、審決が、相違点<1>の認定において、「引用例記載の発明は、その点が明らかでない」としたのは、その点(不活性溶剤を併用しているかどうか)が明らかでないのではなく、併用していないことが明らかである故に誤りであり、また、審決の該相違点についての判断が誤りであることも明らかである。

(2)  被告は、本願明細書に、上記軟化の課題の解決手段としての記載がないと主張するが、該課題は周知であり、また、特許請求の範囲(本願発明の要旨に同じ。)に、反応性希釈剤と不活性溶剤との併用が記載されているから、その主張は誤りである。

また、被告は、本願明細書の特許請求の範囲の「組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤」との記載が、不活性溶剤を含まない場合(不活性溶剤が0である場合)を含む記載であると主張するが、特許請求の範囲には、本来、発明の構成に不可欠な事項のみを記載すべきものであり(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項)、実務上、任意的構成要件の記載が認められていたとしても、それは、任意的構成要件であることが明確であることを前提とするものであるところ、本願明細書の特許請求の範囲において、不活性溶剤は、その量の下限が0を除く有意の量を意味すると一義的に解されるものであるから、被告の該主張は誤りである。被告は、本願明細書の発明の詳細な説明の「不活性溶剤の含有量は0~約95%であり」(甲第2号証7欄41行)との記載も根拠とするが、特許請求の範囲に記載された技術的範囲が発明の詳細な説明の記載より狭いことは何ら違法ではない。

2  取消事由2(相違点<2>についての判断の誤り)

審決は、相違点<2>、すなわち「(ロ)の分子量に関して、本願発明が、約1200~2600と規定しているが、引用例記載の発明は、・・・分子量10,000程度までのオリゴマーと規定しており、・・・また、その(ロ)の化合物を構成する反応成分及びその反応成分の分子量を開示ないし規定してはいるが、反応後の化合物の具体的分子量については明らかにしていない点。」(審決書10頁4~12行)につき、「通常求められる耐摩耗性、耐候性等の諸特性に応じて、コーティング組成物の組成成分の分子量を選択することは、当業者が発明の実施に当たって通常行う程度のことであり、」(同11頁17行~12頁1行)としたうえで、周知例1、2の記載を引用して、「この種コーティング組成物に用いるアクリル化ウレタン系プレポリマーの分子量として、1200~2600程度のものは、この出願前周知である・・・ので、引用例記載の発明の(A)成分(本願発明の(ロ)成分に相当する。)の分子量として既に規定されている10,000以下の範囲から、1200~2600程度の分子量のものを選択することには、格別な技術的困難性を見いだせない。また、本願発明がアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を約1200~2600とすることにより奏せられる効果は、コーティング組成物ないしはそれから得られる被膜として通常求められる程度のものであり、格別なものであるとはいえない。」(同12頁1行~15頁16行)と判断したが、それは誤りである。

(1)  一般に、引用例に記載された発明に周知技術を適用して、特許出願に係る発明の構成を得ることが容易であったと認めるためには、周知技術が引用例記載の発明及び特許出願に係る発明と技術分野を異にしないものであるのみならず、技術思想的にこれらの発明に近接し、共通の要素を持たなければならないとされている(東京高判昭和61年10月23日・無体裁集18巻3号381頁)ところ、技術思想は、一定の技術課題を解決するための具体的方法であるから、技術思想的に引用例記載の発明及び特許出願に係る発明に近接し、共通の要素を持つものであるためには、周知技術が問題としている技術課題が本願発明と共通したものでなければならない。

そして、上記1のとおり、本願発明において、分子量を約1200~2600とするアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン((ロ)成分)を使用するのは、不活性溶剤と組み合せることにより、反応性希釈剤による軟化の課題を解決し、柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐侯性及び接着性という多岐にわたる効果を一つの紫外線硬化性クリアーコートで実現しようとするためである。

しかるところ、周知例1記載の発明は、耐摩耗性及び付着性を良好に保ちつつ、短時間で硬化可能な塗料を取得することを目的とし、ポリウレタン系プレポリマーの分子量の限定もその目的からなされたものであって、本願発明と技術課題を全く異にし、その開示事項から、「格別な技術的困難性」なく、本願発明におけるアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量約1200~2600を選択することができるとはいえない。

また、周知例2記載の発明が目的とするのは、低温における微小屈曲の問題を最小にするのに充分な低モジュラスを有し、しかも従来のコーティング組成物よりも硬くかつ強靱性があり、単一な放射線硬化性コーティングで商業的実施が達成されるコーティングであって、本願発明と技術課題及び効果を全く異にするものである。

したがって、引用例発明に周知例1、2に記載された技術を適用して、本願発明の(ロ)両成分に係る構成を得ることが容易であったと認めることはできない。

(2)  被告は、本願発明の効果である柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐侯性及び接着性等の要素が、本願発明のようなコーティング組成物に通常求められる要素であり、本願発明は、引用例の分子量10,000程度までとの限定のうちから、これらの要素を勘案して、(ロ)成分の分子量を適宜選択したものにすぎず、格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできないと主張する。

しかしながら、引用例発明は、「フレキシブル印刷回路基板や電子部品のコート材または封止材、その他光学ガラスフアイバ用被覆材や接着剤などとして有用な光硬化性樹脂組成物に関する」(甲第4号証1欄17~20行)発明であり、耐久性、熱安定性、化学抵抗性、耐汚染性を有することは、引用例に記載されていない。そして、これらの性質は、塗料であれば当然に備わっている特性ではないから、引用例発明がこれらの性質を備えているということはできない。そうすると、引用例発明において、10,000程度までとされるオリゴマーの分子量を限定したところで、本願発明の有する耐久性、熱安定性、化学抵抗性、耐汚染性を実現することができるかどうか、当業者において全く予測し得ないものである。周知例1、2は、被告の主張によれば、分子量の選択に関して、分子量1200~2600程度のものを入手すること自体が技術的に困難でないことを裏付けるために示したものにすぎないから、引用例記載のオリゴマーの分子量10,000程度までを限定することにより、引用例に記載のない耐久性、熱安定性、化学抵抗性、耐汚染性の効果を奏することに関しては何らの示唆をも与えるものではない。

したがって、引用例に開示されていないこれらの異質な効果を奏する本願発明を得るためには、当業者といえども、多くの実験を重ね、創意工夫する必要があるものであり、格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできないとする被告の主張は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(相違点<1>の認定・判断の誤り)について

(1)  引用例発明において、反応性希釈剤を用いるからといって、そのために、組成物の粘度などを調整するために通常使用される不活性溶剤の使用が制限される旨の記載は引用例になく、また、そのように解する技術的根拠もない。

のみならず、周知例1、3、4には、紫外線(光)硬化型コーティング組成物において、塗布手段或いは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することが記載されている。すなわち、周知例1には、光硬化性塗料用組成物において、不活性溶剤に当たるトルエン、酢酸エチル等を使用すること(甲第5号証11欄1~6行)が、周知例3には、耐摩耗性光硬化性コーティング組成物において、不活性溶剤に当たるトルエン、キシレン、アセトン、メチルイソブチルケトンを使用すること(乙第1号証7頁右上欄13行~左下欄14行)が、周知例4には、紫外線効果型コーティング組成物において、スプレー塗装する場合、該コーティング組成物の粘度を、公知の溶剤で調整すること(乙第2号証6頁右上欄14~18)が、それぞれ記載されている。

さらに、それに止まらず、周知例1には、その特許請求の範囲に記載された(B)成分の「エチレン系モノマー」として、トリメチロールプロパントリメタアクリレートが挙げられているところ(甲第5号証9欄10~20行)、本願発明においても反応性希釈剤((ハ)成分)として掲記されているトリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート(甲第2号証6欄25~33行)は、周知例1においても、その特許請求の範囲に記載された(A)成分の「一分子中に2ケ以上のアクリレート系の二重結合を含み、該2ケ以上のアクリレート系二重結合の間に介在するウレタン基の含有率が10~47重量%の組成を有するポリウレタン系プレポリマー」に対し、反応性希釈剤として認識されるものである。また、周知例4においても、その特許請求の範囲に記載された(Ⅱ)成分の「1分子中に少なくとも1個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(Ⅰ)成分以外の(メタ)アクリレート」として、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレートが挙げられており(乙第2号証4頁左下欄8~19行)、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレートは、周知例4においても、その特許請求の範囲に記載された(Ⅰ)成分の「1分子中に少なくとも2個のイソシアネート基を有する有機ポリイソシアネート(a)と1分子中に少なくとも2個以上の水酸基を有するポリオール(b)と、水酸基含有(メタ)アクリレート(c)とを反応させて得られるウレタンポリ(メタ)アクリレート」に対し、反応性希釈剤として認識されるものである。すなわち、周知例1、4には、反応性希釈剤と不活性溶剤とを併用する手段についても記載されているのである。

原告は、引用例発明が、反応性希釈剤(b成分)を使角することによって粘度の調整を行うものとしており、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用するという技術思想には想到していないから、審決の相違点<1>の認定が誤りであると主張するが、審決は、引用例に、不活性溶剤を添加することが明示的に記載されてはいないものの、上記のとおり、不活性溶剤を適宜含有させ粘度を調整することは、本願発明のようなコーティング組成物において周知の慣用手段であると認められることから、引用例発明において、不活性溶剤の添加という手段を採用するか否かが必ずしも明らかではないとして、相違点<1>のとおり認定したものであり、その認定に誤りはない。

また、審決が、相違点<1>についての判断に当たり、「一般にこの種コーディング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段・・・であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。」と認定したことにも誤りはない。

(2)  ところで、原告は、本願発明が、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を限定するとともに、反応性希釈剤に加えて不活性溶剤を併用して粘度調整をすることにより、軟化の課題を解決した旨主張し、あたかも、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することが、軟化の課題を解決するための技術手段であり、本願発明が反応性希釈剤を使用した場合の軟化を技術課題として、このような技術手段を採用することによりこれを解決したものであるかのように主張する。

しかして、一般に、光硬化性樹脂において、反応性希釈剤を使用した場合に軟化という課題が生じることは認めるが、本願明細書には、軟化の課題を解決するための技術手段に関する記載は一切なく、そもそも軟化の技術課題の存在さえ記載されていない。したがって、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することが、軟化の課題を解決するための技術手段であるということについては、何らの技術的根拠も存在しないものであり、また、本願発明が、不活性溶剤を併用することにより軟化の課題を解決したものである旨、原告が主張することは失当である。

(3)  本願発明のような高分子組成物の分野では、明細書の特許請求の範囲において、一部成分についてその組成比を0を含む範囲で特定することが、その発明を不明確にするものに当たらないとして、実務慣行上認められていた。

そして、本願明細書の特許請求の範囲の「組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤」との記載は、その文言に従えば、不活性溶剤の量が0~95重量%と解されるものである。仮に、0を含むかどうかが一義的に明確でなく、発明の詳細な説明の記載を参酌すべき場合であるとしても、本願明細書の発明の詳細な説明には、「不活性溶剤の含有量は0~約95%であり」(甲第2号証7欄41行)と記載されているから、特許請求の範囲の「95重量%まで」との記載が0を除外していないことが明らかである。

したがって、本願発明には、不活性溶剤を含まない場合も含まれることになり、不活性溶剤の併用によって本願発明の効果が生じるとの原告主張は、その前提を欠くものである。

2  取消事由2(相違点<2>についての判断の誤り)について

原告は、引用例に記載された発明に周知技術を適用して、特許出願に係る発明(本願発明)の構成を得ることが容易であったと認めるためには、周知技術が問題としている技術課題が本願発明と共通したものでなければならないと主張する。

しかし、本願発明が、不活性溶剤を併用することにより反応性希釈剤による軟化の技術課題を解決したものである旨の原告の主張が失当であることは、上記のとおりである。

のみならず、引用例には、本願発明の(ロ)成分に相当するウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーの分子量について、10,000程度までと記載されている(甲第4号証5欄12~16行)ところ、審決は、相違点<2>の認定に当たって、これを踏まえて「引用例記載の発明は・・・分子量10,000程度までのオリゴマーと規定しており、本願発明において規定される分子量範囲を含むものであり」(審決書10頁4~8行)と認定したが、個々の化合物(オリゴマー)の具体的分子量までは示されていないことから、相違点<2>についての判断に当たって、「この種コーティング組成物(あるいはその組成物から得られる皮膜)に対して通常求められる耐摩耗性、耐侯性等の諸特性に応じて、コーティング組成物の分子量を選択することは、当業者が発明の実施に当たって通常行う程度のことであり」(同11頁16行~12頁1行)とし、さらに「この種コーティング組成物に用いるアクリル化ウレタン系プレポリマーの分子量として、1200~2600程度のものは、この出願前周知である・・・ので、引用例記載の発明の(A)成分(本願発明の(ロ)成分に相当する。)の分子量として既に規定されている10,000以下の範囲から、1200~2600程度の分子量のものを選択することには、格別な技術的困難性を見いだせない。」と判断したものである。すなわち、本願発明における(ロ)成分の分子量約1200~2600は引用例に示唆されているところ、その示唆する分子量の範囲(10,000以下)内から、本願発明の分子量範囲を選択することは、当業者にとって容易であると判断したものであり、引用例にかかる示唆がないときに、単にこれに周知技術を適用して進歩性の判断を行ったものではない。そして、周知例1、2は、分子量の選択に関して、分子量1200~2600程度のものを入手すること自体が技術的に困難でないことを裏付けるために示したものにすぎない。

したがって、仮に本願発明の技術課題と周知例1、2の技術課題が異なっているとしても、それ故に上記判断が誤りであることにはならない。

さらに、本願発明の効果とされている、柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐侯性及び接着性等の要素は、引用例に記載のないものも含めて、本願発明のようなコーティング組成物に通常求められる要素であるにすぎず、本願発明は、引用例の分子量10,000程度までとの限定のうちから、これらの要素を勘案して、(ロ)成分の分子量を適宜選択したものにすぎず、この点に格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできない。

したがって、上記審決の判断に誤りはない。

なお、本願発明には、不活性溶剤を含まない場合も含まれるから、不活性溶剤の併用によって本願発明の効果が生じるとの原告主張が失当であることは上記のとおりである。

第5  当裁判所の判断

1  本願発明の概要

(1)  平成6年9月22日付手続補正書(甲第3号証の1)、平成7年2月27日付手続補正書(甲第3号証の2)及び同年3月29日付手続補正書(甲第3号証の3)による各補正を経た後の公開公報掲載の本願明細書(甲第2号証、以下単に「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明には、「従来の技術」として、「多くの有利な点があるにも拘わらず、紫外線硬化性クリアーコート塗料の組成物には、留意することが必要な問題点がある。・・・公知の紫外線クリアーコートの耐久性は限定されたものであり、硬化した樹脂は収縮する傾向があり、且つ、硬化させるためには紫外線のドーズ量が多いことが必要であった。これらの問題を克服するために配合された紫外線クリアーコートは、典型的には、耐スクラッチ性を含めた加工性又は耐久性、耐摩耗性、耐候性、耐化学性、耐汚染性、熱的安定性及び密着性の損失を被った。・・・公知の硬化に基づく紫外線クリアーコートは、剛性で非可撓性で且つ屈伸性の皮膜を形成することがわかっていた。従つて、加工中又は利用中に膨張または収縮しやすい材料の上層としてクリアーコートを使用するような工業においては、問題があった。・・・以上の観点から、慣用的な方法で加工可能であって改善された物理及び化学特性、たとえば、改善された可撓性、耐久性、熱的安定性、耐亀裂性、耐熱性、耐汚染性、耐侯性及び密着性のような特性を示す塗料となるような紫外線硬化性クリアーコート用組成物に対するニーズがある。」(甲第2号証3欄36行~4欄14行)との、「発明が解決しようとする課題」として、「本発明の目的の一つは、優れた化学的及び物理的特性を有する改良紫外線硬化性クリアーコート組成物を提供することにある。そのような特性には、柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐光性(注、「耐候性」の誤記と認められる。)及び接着性がある。」(同4欄16~20行)との、「課題を解決するための手段」として、「本発明者の発明は、これらの要請に答えるものであり、紫外線硬化性クリアーコート組成物を提供するものである。この組成物は、以下のa~cより成る:(a)約30~約90重量%のアクリル化脂肪族ウレタン。該ウレタンは、分子量が約1200~約2600である。・・・(b)約15~70重量%の多官能性アクリレート。該アクリレートは、分子量が約170~1000であり、分子中に少なくとも2個の重合性不飽和基を含有している:そして(c)光重合開始剤及び/又は増感剤。該組成物はまた、任意に溶媒を含み得る。」(同4欄45行~5欄11行)との各記載があり、さらに、「本発明のひとつの好ましい態様は、紫外線硬化性クリアーコート組成物に関する。この点については、下記の式Ⅰに、本発明の好ましいクリアーコート組成物のための出発物質および組成範囲を示す。組成範囲は、含まれているあらゆる溶剤を除いた組成物の重量%で示されている。」(同6欄6~11行)との、「式Ⅰで使用される特定の多官能性アクリレートは所望の応用粘度および特性に依存する。典型的な多官能性アクリレートは、反応性希釈剤タイプであり、・・・代表的な多官能性アクリレートは、・・・トリメチロールプロパントリアクリレート・・・を含み、」(同欄23~34行)、「上述したように、コート組成物はさらに適当な不活性溶剤を含むこともできる。溶剤として代表的なものには、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル溶剤、アセトン、メチルイソブチルケトン等のケトン溶剤、ブチルアルコール等のアルコール溶剤、トルエン、キシレン等の芳香族溶剤などがある。・・・どのような場合でも、不活性溶剤の含有量は0~約95%であり、より好ましいコート組成物においては約40~60%である。」(同7欄31~42行)との各記載がある。

これらの記載及び前示本願発明の要旨によれば、本願発明は、従前の紫外線硬化性クリアーコートにおいて実現し難かった、慣用的な方法で加工可能であって、柔軟性(可撓性)、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐候性及び接着性(密着性)を有する紫外線硬化性クリアーコート組成物を得ることを技術課題として、本願発明の要旨記載の構成を採用したものであることが認められる。

(2)  ところで、本願発明が、粘度調整等のために、反応性希釈剤である多官能性アクリレート((ハ)成分)を用いることが、本願明細書の前示記載から窺われるところ、原告は、本願発明が、反応性希釈剤を使用した場合における硬化フィルム(皮膜)の軟化という周知の課題に対し、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン((ロ)成分)の分子量を限定するとともに、反応性希釈剤に加えて不活性溶剤((イ)成分)を併用して粘度調整をすることにより、かかる軟化の課題を解決したものである旨主張する。

しかしながら、本願明細書(甲第2号証、甲第3号証の1~3)には、かかる軟化の技術課題の存在についての記載はなく、また、原告主張の技術手段を含め、かかる課題を解決するための技術手段に関する記載も一切存在せず、これを示唆するような記載も見い出せない。却って、不活性溶剤に至っては、仮に本願発明の要旨の規定上はこれが必須成分と解されるとしても、本願明細書の発明の詳細な説明上は、明らかに任意成分であるにすぎないものとされていることは前示記載のとおりである。したがって、本願明細書上は、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を限定し、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することが、かかる軟化の課題を解決するための技術手段たり得るとする技術的根拠を見い出すことができず(なお、この点については、平成9年12月5日に、原告所属の化学者ランダル・ティー・レイクによって作成された陳述書(甲第7号証)に、「私のコーティングには粘性を減少させるための溶剤が含まれております。その溶剤は、反応性希釈剤をほとんどあるいは全く使用しないことを可能にするものであり、その結果、必然的に上述した論文にあります『軟化』を回避するものであります。」(同号証訳文1頁下から4~2行)、「私の特許出願においては、選択した範囲内の分子量を有するアクリル化脂肪族ウレタンが必要とされております。・・・より多い分子量では、アクリル化脂肪族ウレタンは、単位量ごとの樹脂の機能性をより低してしまうことになり、その結果、反応性希釈剤を使用して、コーティング剤における機能性を増やす必要性が生じてしまうことになります。しかしながら、・・・この反応性希釈剤の使用は、・・・『軟化』をもたらしてしまうものであり、」(同2頁6~12行)との該技術的根拠に言及したと認められる記載があるが、本訴提起後に至って作成された該陳述書の記載が審決の当否に影響を及ぼすものではない。)、また、いずれにしても、原告の前示主張は、本願明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。

原告は、前示軟化の技術課題が周知であり、本願明細書の特許請求の範囲(本願発明の要旨に同じ。)に反応性希釈剤と不活性溶剤との併用が記載されていることを該主張の正当性の根拠とするが、ある技術分野において特定の技術課題が周知であることと、当該技術分野における発明がその技術課題の解決を目的とすることとは別問題であって、本願明細書の特許請求の範囲に反応性希釈剤と不活性溶剤との併用が記載されており、また、仮に、反応性希釈剤を使用した場合の軟化が周知の課題であるとしても、前示のとおり、本願明細書上、原告主張の技術手段を含め、かかる課題を解決するための技術手段に関する記載が一切存在せず、これを示唆するような記載も見い出せない以上、当業者において、本願発明が、原告主張の方法によってこの課題を解決することを目的としたものであることを読み取ることはできないから、原告の前示主張は到底採用することができない。

2  取消事由1(相違点<1>の認定・判断の誤り)について

(1)  引用例に、特許請求の範囲として、「a)ジオール成分1モルに対してジイソシアネート化合物2.1~2.2モルおよびヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート2.2~2.4モルの割合で反応させて得られる分子両末端に(メタ)アクリロイル基を有するウレタン(メタ)アクリレートオリゴマー、b)上記a成分の反応性希釈剤としての作用を少なくとも有する1分子中に重合性炭素-炭素二重結合が1個以上含まれた常温で低粘度液状の化合物、およびc)光重合開始剤を含むことを特徴とする光硬化性樹脂組成物。」(審決書4頁1~10行)との記載があること、本願発明の(ロ)成分が引用例発明のa成分に、本願発明の(ハ)成分が引用例発明のb成分に対応し、それらの点で本願発明と引用例発明に実質的な相違がないこと(同8頁1行~9頁3行)、本願発明の(ニ)成分の「光重合開始剤」が引用例発明のc成分と一致することは当事者間に争いがなく、引用例(甲第4号証)にはさらに「この発明の光硬化性樹脂組成物は、以上のa成分、b成分およびc成分を必須成分とし、これに必要に応じてアクリル樹脂、ポリアミド樹脂、・・・フェノール樹脂などの各種の変性用樹脂や、有機けい素化合物、界面活性剤などの各種添加剤を配合してもよく、全体の粘度としては作業性の観点から通常1,000~10,000センチポイズ(25℃)の範囲に調整されているのが望ましい。」(同号証11欄15行~12欄4行)との記載がある。

そうすると、引用例には、引用例発明が、必須のa~c成分(本願発明の(ロ)~(ニ)成分に相当する。)のほかに、任意成分として「各種添加剤」を含み得ること、かつ、これと関連して、引用例発明の光硬化性樹脂組成物が所定の粘度に調整されるべきことが示されているものと認められるところ、不活性溶剤が、一般に組成物の粘度の調整等に用いられることは技術常識であり、かつ、引用例発明に用いることが不適切であると考えられるような技術的根拠も見い出せないから、前示「各種添加剤」の例示列挙のうちには含まれていないものの、引用例が、必須のa~c成分のほかに「各種添加剤」の一つとして不活性溶剤を配合することをことさら排除したものとは考え難い。引用例(甲第4号証)には、「この発明において使用するb成分・・・は、上記a成分のウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーが通常高粘度であるため、組成物としての粘度を調整して、作業性をよくするために用いられるが、同時に硬化被膜の柔軟性や硬さなどを調整するためにも有効な成分として作用するものである。」(同号証8欄1~7行)、「上記b成分の使用量は、前記のa成分との合計量中、b成分が通常40~85重量%・・・となるようにするのがよい。b成分が・・・多すぎると硬化性や硬化物の柔軟性などが低下するため、いずれも好ましくない。」(同10欄4~10行)との各記載があるところ、これらの記載によれば、引用例発明において、b成分が組成物としての粘度を調整する作用を有することが認められるが、同時に硬化被膜の柔軟性や硬さなどの調整の作用を有していることも認められ、これらの記載が、引用例発明の粘度の調整をb成分のみで行うものとしている趣旨であると解することはできず、そうであれば、任意成分として不活性溶剤を配合することを排除しているものとも認められない。

以上のように、引用例には、a~c成分のほかに不活性溶剤を使用することが明示されていないものの、その使用を排除するものとも認め難いところ、審決は、その趣旨で、相違点<1>の認定に当たって、「引用例記載の発明は、その点が明らかでない」としたものと認められ、該相違点<1>の認定に原告主張の誤りはない。

(2)  周知例1に、特許請求の範囲として「(A)一分子中に2ケ以上のアクリレート系の二重結合を含み、該2ケ以上のアクリレート系二重結合の間に介在するウレタン基の含有率が10~47重量%の組成を有するポリウレタン系プレポリマー20~90重量%、及び(B)エチレン系モノマー80~10重量%とよりなり、且つ前記した(A)のプレポリマーと(B)のエチレン系モノマーとの合計が100重量%であることを特徴とする光硬化性塗料用組成物」(審決書12頁5~13行)との記載があることは当事者間に争いがなく、周知例1(甲第5号証)の発明の詳細な説明には、さらに、「本発明に使用するエチレン系モノマーとは、・・・トリメチロールプロパントリメタアクリレート・・・等がその例である。」(同号証9欄10行~10欄1行)、「本発明の実施に際しては本発明の主旨を逸脱しない多くの変化が可能であり、ラジカル触媒・・・、溶剤(例えばトルエン、酢酸エチル)各種顔料や他の添加剤などを添加併用するなどがその例である。」(同11欄1~6行)との各記載があって、これらの記載及び前示1の(1)の本願明細書の記載によれば、周知例1には、本願発明の(ハ)成分に相当するトリメチロールプロパントリメタアクリレート等を配合した光硬化性塗料用組成物において、本願発明においても用いられ得る不活性溶剤であるトルエン、酢酸エチルを任意成分として用いることが開示されているものと認められる。

周知例3(乙第1号証)には、「(a)1分子中に2個以上のアクリロイルオキシル基またはメタクリロイルオキシル基を有するウレタン系ポリ(メタ)アクリレート化合物、(b)該ウレタン系ポリ(メタ)アクリレート化合物(a)100重量部に対して0を越えて1000重量部の範囲にある、1分子中に少なくとも1個以上のエーテル結合を有しかつ3個以上のヒドロキシル基を有するポリオキシアルカンポリオールのポリ(メタ)アクリレート化物、および(c)該ウレタン系ポリ(メタ)アクリレート化合物(a)および該ポリオキシアルカンポリオールのポリ(メタ)アクリレート化合物(b)の合計100重量部に対して0.01ないし20重量部の範囲の重合開始剤、を含有することを特徴とする樹脂被覆用硬化型組成物。」(同号証特許請求の範囲1項)が記載され、発明の詳細な説明には、「本発明の被覆用硬化型樹脂組成物は前記必須三成分のみからなる組成物である場合もあるが、さらに必要に応じて、重合禁止剤、・・・溶剤、紫外線吸収剤・・・の各種の添加剤を配合することができる。これらの添加剤の配合割合は適宜である。」(同6頁右下欄9~18行)、「本発明の被覆用硬化型樹脂組成物には、その塗布作業性を向上させるために必要に応じて溶媒が加えられ、溶液状態または懸濁状態に維持される。溶剤として具体的には、・・・トルエン、キシレン、・・・アセトン、メチルイソブチルケトン・・・等を例示することができる。」(同7頁右上欄13行~右下欄3行)との各記載があって、これらの記載及び前示1の(1)の本願明細書の記載によれば、周知例3には、被覆用光硬化型樹脂組成物において、作業性の向上のため、本願発明においても用いられ得る不活性溶剤であるトルエン、キシレン、アセトン、メチルイソブチルケトンを任意成分として用いることが開示されているものと認められる。

さらに、周知例4(乙第2号証)には、「(Ⅰ)分子中に少なくとも2個のイソシアネート基を有する有機ポリイソシアネート(a)と1分子中に少なくとも2個以上の水酸基を有するポリオール(b)と、水酸基含有(メタ)アクリレート(c)とを反応させて得られるウレタンポリ(メタ)アクリレート10~70部と、(Ⅱ)1分子中に少なくとも1個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(Ⅰ)成分以外の(メタ)アクリレート90~30部とからなる(メタ)アクリレート混合物100重量部に対し、(Ⅲ)光重合開始剤0.01~10部、(Ⅳ)一次酸化防止剤0.01~5部、(Ⅴ)ヒンダードアミン系安定剤0.01~5部、(Ⅵ)紫外線吸収剤0.01~5部を添加することからなるフィルム及びシート用紫外線硬化型コーティング組成物」(同号証特許請求の範囲)が記載され、発明の詳細な説明には、「(Ⅱ)成分として配合される1分子中に少なくとも1個以上の(メタ)アクリロイル基を有する(Ⅰ)成分以外の(メタ)アクリレートとしては、・・・これらのうち好ましいものは、・・・トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート・・・である。」(同4頁左下欄8行~5頁右上欄6行)、「本発明のコーティング組成物をフィルムやシート上に塗装する際は、以下に述べる任意の塗装装置が使用出来る。すなわちスプレー塗装を行う際には、本発明の組成物を公知の溶剤でスプレー塗装粘度に調整した後、スプレー塗装を行い、」(同6頁右上欄12~17行)との各記載があって、これらの記載及び前示1の(1)の本願明細書の記載によれば、周知例4には、本願発明の(ハ)成分に相当するトリメチロールプロパントリメタアクリレート等を配合した紫外線硬化型コーティング組成物において、粘度調整のために「公知の溶剤」を任意成分として用いることが開示されているものと認められる。

これらの開示事項によれば、紫外線(光)硬化型コーティング(塗料用)組成物において、粘度調整のため、あるいは作業性の向上のため、不活性溶剤を使用すること(周知例4においては、「公知の溶剤」とあるだけで、その種類の記載はないが、技術常識上、粘度調整のための「公知の溶剤」から不活性溶剤を除外する理由は全くない。)は、当該組成物の成分組成に関おりなく、慣用の手段となっており、当業者が通常行うことであると解することができる。

そして、不活性溶剤を引用例発明に用いることが不適切であると考えられるような技術的根拠を見い出せないことは前示のとおりである。

そうすると、審決が、「一般にこの種コーティング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段・・・であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。」とした判断に誤りはない。

なお、原告は、光硬化性コーティング剤において、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用して粘度調整を行うという慣用手段は存在しない旨主張するが、前示のとおり、反応性希釈剤と不活性溶剤とを併用することに特段の技術的意義(軟化の技術課題の解決)があるとの主張は失当であり、また、前示のとおり、紫外線(光)硬化型コーティング組成物において不活性溶剤を使用することが、当該組成物の成分組成に関わりなく慣用の手段となっていることが認められ、反応性希釈剤(b成分)が配合された引用例発明に不活性溶剤を用いることが不適切であると考えられるような技術的根拠も見い出せないのであるから、相違点<1>に関しては、不活性溶剤を反応性希釈剤と併用することにより粘度調整を行うという慣用手段が存在しなければ、審決の判断が誤りとなるものではない。

3  取消事由2(相違点<2>についての判断の誤り)について

(1)  引用例に、前示2の(1)の記載事項のほか、「この発明は(中略)その他光学ガラスファイバ用被覆材や接着剤などとして有用な光硬化性樹脂組成物に関する。」(審決書4頁12~14行)、「この発明において使用するa成分としてのウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーとは、分子骨格中にウレタン結合を有し、かつ分子両末端に(メタ)アクリロイル基を有する数平均分子量が通常10,000程度までのオリゴマーであり、このオリゴマーは、分子両末端に水酸基を有するジオール成分1モルに対してジイソシアネート化合物2.1~2.2モルおよびヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート2.2~2.4モルを、上記の順にあるいはこれらの成分を一度に反応させることにより、得られるものである。」(同5頁4~14行)との記載があることは当事者間に争いがなく、引用例(甲第4号証)には、さらに、「発明が解決しようとする問題点」として、「この発明は、上記従来の問題点を解決して、伸びおよび引張弾性率の如き機械的強度を共に満足する強靱性に非常にすぐれた硬化物を付与できるとともに、塗布、被覆などの作業性の向上に大きく寄与させうる低粘度および低チキソトロピー性の光硬化性樹脂組成物を提供することを目的としている。」(同号証3欄10~16行)との記載、「発明の効果」として、「以上のように、この発明においては、光硬化性樹脂組成物の主成分として、前記a成分としての特定のウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーを用いたことにより、伸びおよび引張弾性率の如き機械的強度が大きくて強靱性に非常にすぐれた硬化物を付与できるとともに、塗布、封止、被覆などの作業性の向上に大きく寄与しうる低粘度および低チキソトロピー性の光硬化性樹脂組成物を提供できる。」(同12欄6~14行)との記載がある。

そして、高分子化合物の分野で、物理的・化学的性質と分子量の間に相関関係があることは技術常識であるから、前示各記載によれば、引用例発明は、a成分を分子量10,000程度までのオリゴマーとすることにより、伸び及び引張弾性率のような機械的強度が大きく強靱性にすぐれ、かつ、低粘度及び低チキソトロピー性(揺変性)を備えるという、その目的を達成したものと認めることができる。

周知例1に、前示2の(2)の記載事項のほか、「本発明の目的は、主として耐摩耗性と付着性、外観及び作業能率の優れた塗料組成物を提供するものである」(審決書12頁14~16行)との記載があることは当事者間に争いがなく、周知例1(甲第5号証)には、さらに、「本発明の光硬化性塗料用組成物は3分以内の如き短時間で硬化可能で従つて作業能率が良好であり且つ得られた塗膜は耐摩耗性が特に優れている。又得られた塗膜の状態は良好で付着性も優れている。」(同号証4欄9~13行)、「本発明に使用するポリウレタン系プレポリマー中に含まれる2ケ以上のアクリレート系の二重結合の間に介在する如きウレタン基の含有率が10重量%未満の場合耐摩耗性が劣っており、又47重量%を超えるとその粘性の点から塗装作業に適さなくなる。」(同6欄下から5行~7欄1行)、「本発明に使用するポリウレタン系プレポリマーの分子量は通常平均650~4000の範囲が好ましい。」(同9欄6~8行)との各記載があり、これらの記載によれば、周知例1に記載された光硬化性塗料用組成物は、ポリウレタン系プレポリマー((A)成分)のウレタン基含有率を所定範囲とし、かつ、それを前提として、その分子量を650~4000の範囲とすることにより、その優れた耐摩耗性、付着性、外観、作業能率(粘度及び短い硬化時間)という目的を達成したものと認めることができる。

周知例2に、特許請求の範囲1項として、「<1>平均分子量400~5、000を有し、かつ尿素を含有しうるジエチレン性末端ポリウレタンのコーティング組成物を基準として65ないし85重量%、<2>そのホモポリマーが-20℃又はそれ以下のガラス転移温度を有するモノエチレン性不飽和モノマーのコーティング組成物を基準として5ないし25重量%;および<3>トリアクリレートのコーティング組成物を基準として0ないし15重量%、を含む放射線硬化性コーティング組成物」(審決書13頁12~末行)との記載があり、発明の詳細な説明に「本発明は放射線硬化型コーティング組成物を用いる光ファイバーの被覆に関し、特に光りファイバーのガラス表面に直接施すことのでき、かつ通常用いられており、望ましい機械的強度を与えられるための二重被覆を必要とする従来の低モジュラスのバッファーコーティングより硬く丈夫な紫外線硬化性組成物を提供することに関する・・・光学的ガラスファイバーは通信目的に対して重要性が増大しているが、ガラスフアイバーを用いるためガラス表面を湿気および摩耗から保護する必要がある」(同14頁1~12行)との記載があることは当事者間に争いがなく、周知例2(甲第6号証)には、さらに、「本発明によって提供される放射線硬化性コーティング組成物は、(1)コーティング組成物の65重量%ないし85重量%が平均分子量400~5,000、好ましくは800~2,500を有し、尿素基を有しうるジエチレン性末端ポリウレタンで構成され、(2)コーティング組成物の5重量%ないし25重量%が・・・放射線硬化性モノエチレン性不飽和流体モノマーで構成されるものである。・・・この放射線硬化性成分の組合わせは十分に低いモジュラスの接着コーティングに対しかなりの硬度と組合わせて大きい物理的強靱性を与え、低温環境下の微小屈曲を最小にする。」(同号証2頁右上欄18行~左下欄11行)との記載があり、これらの記載によれば、周知例2に記載された放射線(紫外線)硬化性コーティング組成物は、ジエチレン性末端ポリウレタンの分子量を400~5,000(好ましくは800~2,500)の範囲とすることにより、その硬度、物理的強靱性、低温環境下の微小屈曲性という目的を達成したものと認めることができる。

ところで、前示のとおり、高分子化合物の分野で、物理的・化学的性質と分子量の間に相関関係があることは技術常識に属することであるから、高分子化合物の所望の特性(物理的・化学的性質)を得るために分子量を特定範囲に規定することは、当業者が通常行うことであると認められる。

しかして、本願発明の(ロ)成分に相当する引用例発明のa成分の分子量は、当事者間に争いのない相違点<2>の認定のとおり、既に、本願発明の約1200~2600との規定を包含する10,000程度までに限定されているところ、前示引用例及び周知例1、2の各記載事項及び弁論の全趣旨によれば、周知例1、2には、紫外線(光)硬化型コーティング組成物の所望の特性(物理的・化学的性質)を得るために、それぞれの組成成分の一つで本願発明の(ロ)成分に対応するアクリル化ウレタン系プレポリマーの分子量を、引用例発明の10,000程度までの範囲内で、650~4000又は400~5,000(好ましくは800~2,500)の範囲とすることが開示されているのであるから、引用例発明において、そのa成分の分子量を、既に所定の効果を奏する10,000程度までの範囲から、さらに好ましい分子量として約1200~2600程度を選択することは容易であるということができる。

そして、昭和58年7月30日発行の児玉正雄ほか2名著「塗料と塗装」(乙第3号証)によれば、前示1の本願発明の課題(効果)である柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐候性、接着性は、塗料として通常求められる特性であることが認められ、かつ、その多くが前示引用例又は周知例に各発明の目的として記載されている効果と共通性を有するものである。

原告は、耐久性、熱安定性、化学抵抗性、耐汚染性が引用例に記載されていない性質であり、引用例発明において、10,000程度までとされるオリゴマーの分子量を限定したところで、本願発明の有するこれらの特性を実現することができるかどうか、当業者において全く予測し得ないと主張するが、少なくとも、耐久性、耐汚染性は、周知例1に記載された耐摩耗性、外観と共通するものであり、柔軟性、亀裂抵抗性、耐侯性及び接着性を含め、共通する課題(効果)がこの程度に引用例又は周知例に記載されていれば、前示のように分子量を限定することに格別の困難はないというべきである。なお、この点に関して、原告は、周知例1、2が、分子量の選択に関して、分子量1200~2600程度のものを入手すること自体が技術的に困難でないことを裏付けるために示したものとの被告の主張を引用して、周知例1、2が、引用例記載のオリゴマーの分子量を限定することにより、引用例に記載のない効果を奏することに関しては何らの示唆をも与えるものではない旨主張するが、被告の該主張に係る「分子量1200~2600程度のもの」が、紫外線硬化型コーティング組成物の組成成分としてのアクリル化ウレタン系プレポリマーを前提とすること、また、「分子量の選択に関して」が、望ましい分子量を選択することに関してという趣旨であることは極めて明白であり、そうであれば、被告の該主張が、前示のとおり、技術常識である分子量とコーティング組成物の物理的・化学的特性との相関関係に着目することを、あえてしないとする趣旨であるとは解されず、原告の前示主張は採用できない。

(2)  原告は、審決の相違点<2>についての判断に関し、本願発明が、分子量を約1200~2600とするアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン((ロ)成分)を使用する目的が、不活性溶剤と組み合せることにより、反応性希釈剤による軟化の課題を解決し、柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐侯性及び接着性という多岐にわたる効果を一つの紫外線硬化性クリアーコートで実現することにあるとの主張を前堤として、周知例1、2記載の発明が、本願発明と技術課題及び効果を全く異にするものであるから、引用例発明に周知例1、2に記載された技術を適用して、本願発明の(ロ)成分に係る構成を得ることが容易であったと認めることはできないと主張するが、前示のとおり、本願発明につき、(ロ)成分の分子量を約1200~2600とすることと不活性溶剤とを組み合わせることに、特段の技術的意義(軟化の技術課題の解決)があるとの主張は失当であり、また、その余の効果が、コーティング組成物の特性に係るものであって、周知例1、2記載の発明の目的(効果)と共通性を有することは前示のとおりである。

したがって、原告の前示主張を採用することはできない。

(3)  そうすると、相違点<2>につき、「通常求められる耐摩耗性、耐候性等の諸特性に応じて、コーティング組成物の組成成分の分子量を選択することは、当業者が発明の実施に当たって通常行う程度のことであり、また、この種コーティング組成物に用いるアクリル化ウレタン系プレポリマーの分子量として、1200~2600程度のものは、この出願前周知である・・・ので、引用例記載の発明の(A)成分(本願発明の(ロ)成分に相当する。)の分子量として既に規定されている10,000以下の範囲から、1200~2600程度の分子量のものを選択することには、格別な技術的困難性を見いだせない。また、本願発明がアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を約1200~2600とすることにより奏せられる効果は、コーティング組成物ないしはそれから得られる被膜として通常求められる程度のものであり、格別なものであるとはいえない。」とした審決の判断に誤りはない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第4481号

審決

アメリカ合衆国インディアナ州47703-0418、エヴアンスヴィル、ピー・オー・ボックス418、イースト・コロンビア・ストリート1016

請求人 レッド・スポット・ペイント・アンド・ヴァーニッシユ・カンパニー・インコーポレーテッド

東京都千代田区大手町2丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅法律特許事務所

代理人弁理士 湯浅恭三

東京都千代田区大手町2丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅法律特許事務所

代理人弁理士 社本一夫

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 今井庄亮

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 増井忠弐

東京都千代田区大手町2丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 栗田忠彦

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 小林泰

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206号 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 戸水辰男

平成4年特許願第82275号「紫外線で硬化可能なクリアーコート組成物」拒絶査定に対する審判事件(平成5年4月20日出願公開、特開平5-98187)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 手続きの経緯および本願発明

本願は、平成4年4月3日(パリ条約による優先権主張1991年4月3日 アメリカ合衆国)の出願であって、その発明は、平成6年9月22日付け、平成7年2月27日付け、友び平成7年3月29日付けの各手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1~請求項13に記載された発明であるところ、その請求項1に記載された発明(以下、「本願発明」という。)は、下記のものと認める。

「(イ)組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤、

(ロ)分子量が約1200~2600であり、分子当たり約2つの重合可能な不飽和基を有するアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン、前記不活性溶剤を除いて約30~90重量%

(ハ)分子量が約170~1000であり、分子当たり少なくとも二つの重合可能な不飽和基を有する多官能価アクリレート、前記不活性溶剤を除いて約15~70重量%、及び

(ニ)光重合開始剤又は増感剤、

からなり、紫外線のみで硬化可能であり、かつ紫外線での硬化時に耐摩耗性のコーティングを形成する、クリアコート組成物。」

Ⅱ. 原査定の理由

原査定の拒絶の理由(理由の1)の概要は、下記のとおりである。

本願発明は、「特開昭61-168609号公報」、「特開昭62-177012号公報」(以下、「引用例」という。)、特開昭59-89332号公報に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

Ⅲ. 引用例の記載事項

引用例には、下記の事項が記載されている。

(「特開昭61-168609号公報」および「、特開昭59-89332号公報」については摘記を省略する。)

(1-1)「a)ジオール成分1モルに対してジイソシアネート化合物2.1~2.2モルおよびヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート2.2~2.4モルの割合で反応させて得られる分子両末端に(メタ)アクリロイル基を有するウレタン(メタ)アクリレートオリゴマー、b)上記a成分の反応性希釈剤としての作用を少なくとも有する1分子中に重合性炭素-炭素二重結合が1個以上含まれた常温で低粘度液状の化合物、およびc)光重合開始剤を含むことを特徴とする光硬化性樹脂組成物。」

(特許請求の範囲)

(1-2)「この発明は(中略)その他光学ガラスファイバ用被覆材や接着剤などとして有用な光硬化性樹脂組成物に関する。」

(第1頁左下欄下から第4行~最終行)

(1-3)「この発明は、上記従来の問題点を解決して、伸びおよび引張弾性率の如き機械的強度を共に満足する強靭性に非常にすぐれた硬化物を付与できるとともに、塗布、被覆などの作業性の向上に大きく寄与させうる低粘度および低チキソトロピー性の光硬化性樹脂組成物を提供することを目的としている。」

(第2頁左上欄第10行~第16行)

(1-4)「この発明において使用するa成分としてのウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーとは、分子骨格中にウレタン結合を有し、かつ分子両末端に(メタ)アクリロイル基を有する数平均分子量が通常10,000程度までのオリゴマーであり、このオリゴマーは、分子両末端に水酸基を有するジオール成分1モルに対してジイソシアネート化合物2.1~2.2モルおよびヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート2.2~2.4モルを、上記の順にあるいはこれらの成分を一度に反応させることにより、得られるものである。

(第2頁左下欄第12行~右下欄第2行)

(1-5)「このようなウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーを得るための上記のジオール成分としては、ポリエーテルジオール(中略)などの数平均分子量が300~7,000のものが挙げられる。また、ジイソシアネート化合物としては、トリレンジイソシアネート(中略)などの分子量が170~1,000程度の各種の化合物が用いられる。さらに、上記のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレートとしては、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレートなどのヒドロキシアルキル基の炭素数が2~4程度のものが用いられる。」

(第3頁左上欄第3行~第20行)

(1-6)「上記b成分の具体例としては、重合性炭素-炭素二重結合として(メタ)アクリロイル基を有する(中略)、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、(中略)、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、(中略)などが挙げられる。」

(第2頁右上欄第19行~左下欄第15行)

(1-7)「上記b成分の使用量は、前記のa成分との合計量中、b成分が通常40~85重量%、(中略)となるようにするのがよい」

(第3頁右下欄第4行~第6行)

(1-8)「c成分として用いられる光重合開始剤としては、樹脂組成物を紫外線の照射によって迅速に硬化させうるものが好ましく、一般に紫外線硬化型塗料の開始剤、増感剤として用いられている各種のものが使用できる。」

(第3頁右下欄第11行~第15行)

Ⅳ. 対比・判断

引用例には、摘示事項(1-1)及び(1-2)のとおり、a)分子両末端に(メタ)アクリロイル基を有するウレタン(メタ)アクリレートオリゴマー、b)上記a成分の反応性希釈剤としての作用を少なくとも有する1分子中に重合性炭素-炭素二重結合が1個以上含まれた常温で低粘度液状の化合物、およびc)光重合開始剤を含むことを特徴とする光硬化性樹脂組成物が記載され、それが光学ガラスファイバ用被覆材などとして有用な光硬化性樹脂組成物であることも記載されている(以下、「引用例記載の発明」という。)

そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比・検討する。

[1]本願発明の(ロ)成分について

引用例記載の発明のa)成分の(メタ)アクリロイル基を有するウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーは、本願発明の(ロ)成分のアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンに対応するが、引用例の摘示事項(1-4)及び(1-5)をみると、引用例記載の発明のa)成分の具体的な実施態様には、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンが含まれているといえるので、この点に関して、本願発明と引用例記載の発明に実質的相違はない。

[2]本願発明の(ハ)成分について

引用例記載の発明のb)成分の1分子中に重合性炭素-炭素二重結合が1個以上含まれた常温で低粘度液状の化合物は、本願発明の(ハ)成分の分子量当たり少なくとも二つの重合可能な不飽和基を有する多官能価アクリレートに対応するが、引用例の摘示事項(1-6)のとおり、引用例記載の発明のb)成分の具体的態様として挙げられたものは、本願明細書において(公開公報第6欄第28行~第36行参照。明細書の摘示個所を公開公報の該当個所の摘示によって代替する。以下、同様。)開示された本願発明の(ハ)成分の具体的態様と一致するので、その化合物及びその分子量に関して、本願発明と引用例記載の発明に実質的相違はない。

[3]本願発明の(ロ)成分と(ハ)成分との組成比について

引用例の摘示事項(1-7)のとおり、その組成比は、広範囲で重複しているので、上記組成比に関して、本願発明と引用例記載の発明に実質的相違はない。

そして、引用例の摘示事項(1-8)のとおり、引用例記載の発明は、光重合開始剤を含み、紫外線で硬化する樹脂組成物であることは明らかであり、また同じく摘示事項(1-2)、あるいは従来の技術常識からみて、この樹脂組成物は、クリアコートとしての用途があることは明らかである。

以上の検討によれば、本願発明と引用例記載の発明は、下記の点で相違しているが、その余の点では実質的に一致している。

[相違点<1>]

本願発明が、「(イ)組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤」を構成要件としている(即ち、併用している。)が、引用例記載の発明は、その点が明らかでない点。

[相違点<2>]

(ロ)の分子量に関して、本願発明が、約1200~2600と規定しているが、引用例記載の発明は、摘示事項(1-4)及び(1-5)のとおり、分子量10,000程度までのオリゴマーと規定しており、本願発明において規定される分子量範囲を含むものであり、またその(ロ)の化合物を構成する反応成分及びその反応成分の分子量を開示ないし規定してはいるが、反応後の化合物の具体的分子量については明らかにしていない点。

そこで、その相違点について検討する。

[相違点<1>についての検討]

引用例の摘示事項(1-3)のとおり、引用例記載の発明においても作業性等を考慮して粘度、チキソトロピ一性を調整しており、また一般にこの種コーティング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段(本願明細書(段落番号0024)の記載事項からも、それが窺知できる。)であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。その際、不活性溶剤の使用量を状況に応じて選定することは、当業者が当然に行うことであり、また、本願発明における不活性溶剤の使用量の範囲は広範に渡っており、格別な意義を有する範囲ともいえない。

そして、本願発明において、不活性溶剤を組成物を基準として95重量%までとしたことにより奏せられる効果は、当業者が予測できる程度のものといえる。

[相違点<2>についての検討]

この種コーティング組成物(あるいはその組成物から得られる皮膜)に対して通常求められる耐摩耗性、耐候性等の諸特性に応じて、コーティング組成物の組成成分の分子量を選択することは、当業者が発明の実施に当たって通常行う程度のことであり、またこの種コーティング組成物に用いるアグリル化ウレタン系プレポリマーの分子量として、1200~2600程度のものは、この出願前周知である{例えば、特開昭48-28533号公報[同公報には、下記のことが開示されている。(1)「(A)一分子中に2ヶ以上のアクリレート系の二重結合を含み、該2ヶ以上のアクリレート系二重結合の間に介在するウレタン基の含有率が10~47重量%の組成を有するポリウレタン系プレポリマー20~90重量%、及び(B)エチレン系モノマー80~10重量%とよりなり、且つ前記した(A)のプレポリマーと(B)のエチレン系モノマーとの合計が100重量%であることを特徴とする光硬化性塗料用組成物」(特許請求の範囲)。(2)「本発明の目的は、主として耐摩耗性と付着性、外観及び作業能率の優れた塗料組成物を提供するものである」(第1頁左下欄下から第4行~下から第2行)。(3)前記(A)成分を生成するジイソシアネート成分としてヘキサメレンジイソシアナート、同じくポリオール成分としてジエチレングリコールあるいはポリプロピレングリコールが挙げられていること(第3頁左上欄第2行~右上欄第7行)。(4)そのポリウレタン系プレポリマーの分子量は通常650~4000の範囲が好ましいと説明されていること(第3頁左下欄第6行~第8行)。(5)(B)成分としてエチレンジアクリレート、エチレンジメタアクリレート、トリメトロールプロパントリメタアクリレートが挙げられていること(第3頁左下欄第10行~右下欄第1行)。(6)紫外線に感応する増感剤を使用すること(第3頁右下欄第10行~第16行)。(7)溶剤を併用すること(第4頁左上欄第1行~第5行)。]、及び特開昭59-170154号公報[同公報には、下記のことが開示されている。(1)「<1>平均分子量400~5,000を有し、かつ尿素を含有しうるジエチレン性末端ポリウレタンのコーティング組成物を基準として65ないし85重量%、<2>そのホモポリマーが-20℃またはそれ以下のガラス転移温度を有するモノエチレン性不飽和モノマーのコーティング組成物を基準として5ないし25重量%;および<3>トリアクリレートのコーティング組成物を基準として0ないし15重量%、を含む放射線硬化性コーティング組成物(特許請求の範囲第1項)。(2)「本発明は放射線硬化型コーティング組成物を用いる光ファイバーの被覆に関し、特に光りファイバーのガラス表面に直接施すことのでき、かつ通常用いられており、望ましい機械的強度を与えられるための二重被覆を必要とする従来の低モジュラスのバッファーコーティングより硬く丈夫な紫外線硬化性組成物を提供することに関する」(第1頁右下欄第14行~第20行)。(3)光学的ガラスファイバーは通信目的に対して重要性が増大しているが、ガラスファイバーを用いるためガラス表面を湿気および摩耗から保護する必要がある(第2頁左上欄第1行~第4行)。(4)<1>のジエチレン性末端ポリウレタン成分の平均分子量が、好ましくは800~2,500であること(第2頁右上欄第17行~左下欄第1行)。(5)<1>のジエチレン性末端ポリウレタンを構成する脂肪族ジオールの例として、ポリテトラメチレングリコールが挙げられ、同じくジイソシアネートの例としてヘキサメチレンジイソシアネートが挙げられていること、ジアクリレート化は、2-ヒドロキシエチルアクリレートおよび2-ヒドロキシプロピルアクリレートが挙げられていること(第2頁右下欄第6行~左上欄第12行)。(6)<3>のトリアクリレートの成分としてトリメトロールプロパントリアクリレートが好ましいこと(第3頁右下欄第9行から第13行)。]参照}ので、引用例記載の発明の(A)成分(本願発明の(ロ)成分に相当する。)の分子量として既に規定されている10,000以下の範囲から、1200~2600程度の分子量のものを選択することには、格別な技術的困難性を見いだせない。

また、本願発明がアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を約1200~2600とすることにより奏せられる効果は、コーティング組成物ないしはそれから得られる皮膜として通常求められる程度のものであり、格別なものであるとはいえない。

Ⅴ. むすび

以上のとおり、本願発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年11月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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